最近の僕の身の回りでは、志しを一(いつ)にする同志が急激に増殖中です。

色々な物や事を断捨離し、ビジネスやライフスタイルをひたすらシンプルにした結果、僕の想いや夢に共感してくれる仲間が、どんどんその更に仲間を呼び込み、化学結合していくイメージです。

不動産投資をきっかけとして、経済的な自由を手に入れたことで、好きな事をする時間が増えたと同時に嫌いな人間と接しなくて良くなった事は、いま一番の収穫なのかもしれません。

そんな中で、気が合う人というのは、モノゴトの尺度が近い人だということが徐々に分かって来ました。

例えば、人と接する時の態度や、お金に対する姿勢とか執着心の度合い、健康や身体への関心や気遣い、時間に対する感覚、そして何より「幸せ」を感じる感度。

これらのモノサシが近いほど、人間は共鳴し合えるような気がします。

特に幸せの感度というのは、幸福感を得られる沸点という意味で、ゼニカネだけではない何かでどれだけ幸せを感じることができるか?という値や目盛のことを指します。

幸福感とは誰にでも共通する絶対値ではなく感じ方は人それぞれです。

大枚をはたいてドンチャン騒ぎしないと幸せを感じることができない人がいる一方、例えば刑務所から解放された囚人なら、もしかしたら温かいかけそば一杯ですら幸福を感じることができるかもしれません。

つまり、ぬくぬくと育ってきた人は大抵、幸せを感じる感度が鈍く、過去に苦労したりどん底を見ていたり、辛酸を舐めて生き抜いて来た人ほどちょっとしたことで幸福感を味わうことができるわけです。

人の命は意外なほど短く、お金に縛られたり呪われたりするだけの人生ほどつまらないことはありません。

お金の多寡ではない「幸せ」をどれだけ味わうことができたか?
または他人に与えることができたか?
でその人の人生の価値が決まります。

今際の際で不機嫌に、あの時もっとああしてたら良かった・・と悔やんでも成仏できなくなるだけです。

日頃から謙虚に、感謝の念を忘れず「幸せの感度」を敏感にして行きましょう。

そのための簡単な方法は、嬉しいと感じたこと、楽しいと思ったこと、有り難かったこと、幸せだと実感したことを手帳やメモ帳に毎日列記するのです。

その際、嫌なこと辛かったことなどのネガティブな出来事はメモらずにさっさと忘れ去ることがコツです。

幸い、人間には「忘却」という免罪符が与えられています。

煩悩の多い人間という生き物は、もし忘れるという機能がなかったら6割くらいが自殺すると言われています。

自分を不幸に追い込む後向きなことはなるべく早めにデータ消去して、ポジティブに幸せの感度を上げて行きましょう。