自己資金ゼロから不動産投資を始めてキャッシュフロー1000万円を作るための具体的な手法やテクニックなどを解説しています。

成功法則

100万円も貯めれない人が億万長者になれる訳がない

椙田(すぎた)です。

不動産投資家になりたい人を何百人も見てきて
けっこう勘違いしている人も多いので、
ここでハッキリ言っておきます。

100万円も貯められない人は、
そのあと不動産投資したとしても、
億万長者にはなれません。

不動産投資をしようかという、
ある程度の年収がある人で、
預貯金100万円もない人が稀にいます。

確かに僕は『自己資金ゼロから不動産投資〜』
という本も書いているくらいなので、
テクニック的にはやれてしまうんですが、

100万円も貯めれなかった人が、
不動産投資によって年収がアップしても、
単に消費額が増えるだけで、
預貯金に回すことはできません。

僕は、入口でのキャッシュフローを
増やしてあげる手助けはできても、
他人のお金の「出」のコントロールはできないからです。

年収1000万円あっても預金が全然ない人。

いろんな事情はあるでしょう。
たとえば・・・

○ 子供の教育費に莫大に投資している…
○ 親の介護に多額の費用がかかる…
○ 離婚して慰謝料に取られている…
○ 住宅ローンの繰上返済に使ってしまった…

そういう事情があるとしても、
やはり100万円程度の軍資金がないと、
何を始めるにも不安はつきまといます。

少なくとも不動産投資を始めようとするなら、
100万円(ホンネは最低300万円)は
手元に貯める必要があります。

そしてそれは、
両親や友人に借りてきたお金ではなく、
また競馬やFXで増やしたお金でもなく、
自分でしっかり貯めたお金であって欲しいです。

年齢や社会人経験にかかわらず、
マネーリテラシーが備わっていない人が多い!
というのが僕がマネー総研を立ち上げた理由です。

今後は、不動産投資だけでなく、
マネー全般についての情報発信も
徐々に増やして行きますね。

成功するために欠かせないこと

椙田(すぎた)です。

成功法則を語るビジネス書には、
「成功するには才能が必要」とか、
「運なくして成功はない」とか、
「努力すればいつか報われる」などと
お題目ばかりが唱えられています。

しかしこれら三拍子そろっていても、
なぜかなかなか成功できません。
それはなぜか?

成功するためには、そのベースとなる
「あるもの」が必要だったのです。

そのあるものとは・・・
「穏やかなる心」です。

「穏やかなる心」とは言い換えると、
「何が起きようともブレない信念」のことです。

目標を掲げ、夢に向かっていくと
様々な壁にぶつかります。

この壁にいちいち反応するのではなく、
淡々と立ち向かっていくことでしか
成功は掴めません。

いちいち小さな失敗に挫けている暇などなく、
ただひたすらに邁進することでしか
道は拓けません。

「泰然自若」という言葉がありますが、
自然界も日々同じことの繰り返しです。

太陽は東から登り、西へ沈む。
草木はどんな時でも芽をつけ花を咲かせる。
太陽も地球も常に同じ軌道を回る。。

我々人間も自然界の一部です。
人間の体には「ホメオスタシス」という
恒常性維持機能が備わっています。

これは、環境が変化しても、
体の状態を一定に保ってくれる体の機能です。

寒い時に震えて体温を上げたり、
暑い時に汗をかいて体温を下げるのは、
このホメオスタシスの働きによるものです。

大きな変化は人間にとって脅威なので、
それを一定のバランスに保つため、
この防衛本能が働くのです。

これらを踏まえて考えると、
我々の行動もこの自然の摂理に則り、
自分の成すべきことを淡々こなす。

怒るでもなく、
悲しむでもなく、
穏やかな心でいると、
成功を掴むことができます。

成功には失敗がつきものです。
人が失敗する原因で大部分を占めるのが、
「外的要因」によるものと言われています。

この「外的要因」とは、
原因を外に求めることです。

何かトラブルが起こり失敗した時、
内部(自分)が原因で失敗したとは思わず、
外部(人や環境)が原因で失敗した、
と思ってしまうことです。

こうなると人は穏やかではいられません。
「あいつが悪い」
「会社が悪い」
「政府が悪い」
などとすべて人のせいにしては
自分の中で不完全燃焼を起こします。

では心を一定に保つためには、
どうすればいいのでしょうか?

それは起こることすべてを
「内的要因で解釈すること」です。

「内的要因で解釈する」とは、
起こったことは自分がつくり出したものと考え、
これを受容することです。

原因が自分だと思えば、
「悪いのは自分だから次から気をつけよう」
「自分の能力は低いからもっと努力しよう」
などと自然と思えます。

一喜一憂するのではなく、
平然としていられるのです。

自分の心を野放しにせず絶えず一定を保ち、
穏やかな心でいると成功できるのです。

過去の行ないが今の自分を形成する

椙田(すぎた)です。

上司の理不尽さにイライラする。
仕事がうまくいかない。
頑張っているのに報われない。
家庭が面白くない。

・・そんな風に思っていませんか?

現実を変えようとしてもうまくいかない。
なぜ現実はなかなか変わらないのでしょうか?

それは、
「今の現実は自分がつくり出したものである」
という宿命的な法則に支配されているからです。

これは「原因と結果の法則」と呼ばれるもので、
物事の結果には必ず原因があり、
その結果は己の思いによってつくられている・・
という考え方です。

「上司の理不尽さにイライラする」
という出来事でさえ、
その原因をたどれば実は、
それは自分がつくり出した結果なのです。

人は「他人からの感情」に敏感な生き物です。

もし、あなたが心の片隅で、
「この上司は嫌いだな〜」と思っていれば、
その感情はたちまち相手に伝わります。

それによって相手も尚のこと、
あなたに理不尽な対応を取るでしょう。

「仕事がうまくいかない」というのも、
自分の実力不足が原因と考えるのが妥当です。
それを棚に上げておいて、
どこかで環境や人のせいにしているのです。

ではどうすればいいのか?

そんな時は自分を客観視しましょう。
ちょうど幽体離脱するように、
自分で自分自身を離れて見るのです。
(幽体離脱した事ある人は少ないと思いますが)

今の現実の自分は、
過去の膨大なる「選択の結果」です。

いまここに住んでいるのも自分の過去の選択、
いまの会社に勤めているのも自分の選択です。

悩み、迷い、妥協し、
あるいは、いい加減に決めたり、
真剣に決めたりなどした結果として、
今の現実があります。

であるならば、
この選択をしてきた結果を変えることは
もうできないのでしょうか?

答えは「可能」と言い切れます。
しかも一瞬で変えることができます。

その方法とは「思いを変える」ことです。
今の現実に対しての思い方を変えるだけで、
人生は一変します。

「上司の理不尽さにイライラする」を分解すると
上司を機会に自らイライラすることを決めている
ということになります。

「仕事がうまくいかなくて落ち込む」を分解すると
仕事を機会に自ら落ち込むのを決めている
ということになるのです。

人間は、このように自分の感情を
都合よく分析し選択しているのです。

そこで、
この感情の受け止め方をコントロールすれば、
今の現実を変えていくことができます。

起こる出来事すべてに自ら意味づけをし、
解釈をプラスの方向へ持っていくのです。

幸せや不幸せとは意思の産物であって、
絶対的な宿命ではありません。

起こる事象に対して幸せを感じるよう
自分を無理やりコントロールすることです。

無理やり幸せの方向へ持っていくと、
最初は強引だと思ったとしても、
いつのまにかそれに現実がつられ、
今が変わります。

まさに自分でやったことが、
現実をつくってることになるのです。

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今年も一年ありがとうございました

椙田(すぎた)です。

時間の流れは早いもので、
2017年もあっという間に最終日、
大晦日を迎えましたね。。

読者の皆さまにおかれましては、
今年も一年、僕のタワゴトにお付き合い下さり
ありがとうございました。
感謝の念を申し上げます。

僕は毎年、年末年始には、
今年1年の振り返り総括と、
中期ビジョンにおける来年1年の位置付けを再確認し、

ズレを軌道修正する時間を
ガッツリと割くようにしています。

これをやり出してから、
成功脳や成功体質が備わったようにも思います。

2017年は、意外なことに、
僕にとってはチャレンジの年でした。

元々思い描いていた5ヶ年計画を大幅に見直し、
かなりストレッチした行動計画を
自らに課すことからこの1年は始まりました。

結果的には、予定以上の成果を、
いろんな分野で出すことができ、
久しぶりに満足いく一年になりました。

皆さまも是非、一年の締め括りに、
今年をつぶさに振り返ってみましょう。

僕の年末年始は、この振り返りと、
またブレインダンプをやって、
5ヶ年計画の修正と来年の目標設定、
細かいタスクの落とし込み、
それと溜まっている読書をして過ごします。

また来年もよろしくお願い申し上げます。

心配事のほとんどは杞憂に終わる

仕事のこと、お金のこと、家族のこと…
我々身の周りには悩みや不安のタネがたくさん埋まっています。

夜眠ろうとしてベッドに入っても、不意に将来のことを考え出すと
急に意味もなく不安に襲われることもあります。

しかし、
『心配事の9割は起こらない』(三笠書房)
を読むとその悩みも解決します。

この書籍の中で著者で住職の枡野俊明さんは、
相談を受ける悩みのほとんどが実は、妄想や思い込み、勘違いや取り越し苦労にすぎない
と記述しています。

ー心配事とは”妄想”であるー

 

またミシガン大学が行なったある研究結果によると、
心配事のうち80%は起こらず、
残りの20%のうち16%は準備をすることで対応可能、
実際に起きたらどうすることもできない心配事は、
わずか”4%”に過ぎない、という結果を発売しています。

このように心配事というのは、
そのほとんどは我々が勝手に心配しているだけで、
さらにあらかじめ準備しておけば、
実際に起きうる事態にも十分に対処できます。

起きもしないことを勝手に想像して、
自らストレスを抱えるなんて、
これほどバカらしいことはありません。

ーなぜ不安や心配に襲われるのか?ー

とはいえ、いきなり心配事をなくせるほど
人間は合理的な生き物ではありません。
「頭では理解できても、どうしても不安だし心配」

 

こういった感情は誰もが感じるものだし、
むしろ感じて当たり前だといえます。

では我々はなぜこうも不安や心配事を
抱えてしまうのでしょうか?
理由はとてもシンプルです。

それは、
「未来のことがわからないから」

不安や心配事というのは
未来がわからないからこそ出てくるものです。

たとえばあなたに未来を見通す力があるとします。
将来の自分が絶対にお金に困らない
とわかっていたら不安になるでしょうか?
将来確実に幸せになる
とわかっていても心配をするでしょうか?

そう。未来がわかれば、
不安や心配事はすべてなくなるのです。
しかし残念ながら未来はわかりません。

では、どうすれば
不安や心配事をなくすことができるでしょうか

ー「いま」に集中するー

 

結論からいうと、
不安や心配事が100%なくなることはありません。

未来がわからない以上、
心配事は常に我々の人生とともにあります。

その不安や心配事に対して、
我々ができることは、
「いま」に集中することです。

最初にも書いたとおり、
心配事の”80%”は実際には起こらないし、
残り20%のうち”16%”は準備をすることで対処ができます。

よって心配事が起きる確率を減らすために
我々ができることは”準備”をすることなのです。
ただ心配したり不安に思っているだけでは何も変わりません。

自分が抱える心配事が起きることを防ぐために、
「いま」何ができるかを考えるのです。

あなたはどんなことを不安に感じたり、
心配に思ったりしますか?
その不安や心配事が起きないように、
あなたが「いま」できることはなんですか?

悩むよりも「いま」できることを考えて行動するべきです。
そうすることによって我々が抱える、
不安や心配事のほとんどが起きずに終わるのです。

あれこれ考えるより行動行動

自分のことを振り返ってみても、うまくいくかなーどうかなー?
などとあれこれ思い巡らせるよりも、とにかく即行動して手を動かした方が結果的に上手く行くことは多いです。

もちろん、何も考えずに行動すればさえ最初から万事うまく行くわけではなく、やりながら途中で試行錯誤することで、結果的に上手く行くという意味です。

明治時代に活躍した実業家である渋沢栄一は生涯で500社もの企業の設立に関与したことで有名ですが、その渋沢の遺した言葉にも、“成敗得失を考えている暇なく、猛然としてこれを決行するが勇である”というものがあります。

読んで字のごとくですが、成功するか?失敗するか?得するのか?損するのか?
あれこれ考えている暇もなく、思い立ったら即行動行動。
と、渋沢は言っているわけです。

僕もまた二つほど新規の事業アイデアを温めているところなので、あれこれ考えたいところですが、まずは行動して行くとこから始めようと考えています。

【追伸】
先週末から僕はセミナーラッシュです。
ここ5日間で4本のセミナーが入っています。

次回は明日11/22(水)19時から、東京駅で投資家アユカワタカヲさんとコラボセミナーやります。

参加費は今回は協賛なので無料です!
参加してみたい方はLINEで、「アユカワセミナー参加希望」と書いてメッセージください。
http://line.me/ti/p/d05hfrmjfi

行く手を阻むのはいつも自分自身

順調そうに見えても突然ダメになったり、再起してもまた障害が降りかかったり、そもそも何やってもうまく行かなかったり。

人は、うまくいかなくなった場合に、他人や環境のせいにしてしまいがちですが、そこで一回立ち止まって、本当の原因は何なのか?についてよくよく吟味する必要があります。

僕自身のことを振り返っても、成功体質でなかった頃は、やはり同じように時代や環境や他者にその原因があると考え、
その外的要因ばかり改善しようとして空回りしていました。

しかし、本当にそうでしょうか?

大抵の物事は「内的要因」つまり自分自身や自社内に問題がある場合が殆どで、それを変えることによって、外的な環境などはもろともせず、コトを運ぶことができるのです。

例えば、自動車教習所で習う「キープレフト」。
道路幅員の左側つまり路肩に近い方を走れという指示を最初はもらいますね。

これは、対向車とぶつかるのが怖い怖い…と怯えながら運転していると、つい意識が対向車の方に向いてしまい、どんどん道路の右へはみ出し、しまいには本当に衝突してしまうのです。

これを「幻惑(げんわく)」といって、ありもしない幻を怖いと思うことによって、思考や行動を惑わされてしまうことです。

クルマの運転ではもうひとつ同じ読みで「眩惑(げんわく)」という、対向車のライトに目が眩まされてしまう現象もありますが、ここでは前者です。

この幻惑という現象も、対向車がこっちに向かって来る訳でもなく、また道路が対向車に向いて曲がるでもなく、自分自身の意識が対向車へ向かうことで、吸い寄せられてしまうわけです。

例が悪いかもしれませんが、ビジネスや生活でも同じことが言えて、外的要因よりも内的な自分の思考や行動が、自分自身を悪い方向へ導くことは誰しもよくある事でしょう。

自分自身の行く手を阻むのは、いつも自分自身であると肝に銘じ、まずは自らの行ないや考えを見直すことを習慣付けると、案外簡単に道が拓けるかもしれません。

幸せの感度

最近の僕の身の回りでは、志しを一(いつ)にする同志が急激に増殖中です。

色々な物や事を断捨離し、ビジネスやライフスタイルをひたすらシンプルにした結果、僕の想いや夢に共感してくれる仲間が、どんどんその更に仲間を呼び込み、化学結合していくイメージです。

不動産投資をきっかけとして、経済的な自由を手に入れたことで、好きな事をする時間が増えたと同時に嫌いな人間と接しなくて良くなった事は、いま一番の収穫なのかもしれません。

そんな中で、気が合う人というのは、モノゴトの尺度が近い人だということが徐々に分かって来ました。

例えば、人と接する時の態度や、お金に対する姿勢とか執着心の度合い、健康や身体への関心や気遣い、時間に対する感覚、そして何より「幸せ」を感じる感度。

これらのモノサシが近いほど、人間は共鳴し合えるような気がします。

特に幸せの感度というのは、幸福感を得られる沸点という意味で、ゼニカネだけではない何かでどれだけ幸せを感じることができるか?という値や目盛のことを指します。

幸福感とは誰にでも共通する絶対値ではなく感じ方は人それぞれです。

大枚をはたいてドンチャン騒ぎしないと幸せを感じることができない人がいる一方、例えば刑務所から解放された囚人なら、もしかしたら温かいかけそば一杯ですら幸福を感じることができるかもしれません。

つまり、ぬくぬくと育ってきた人は大抵、幸せを感じる感度が鈍く、過去に苦労したりどん底を見ていたり、辛酸を舐めて生き抜いて来た人ほどちょっとしたことで幸福感を味わうことができるわけです。

人の命は意外なほど短く、お金に縛られたり呪われたりするだけの人生ほどつまらないことはありません。

お金の多寡ではない「幸せ」をどれだけ味わうことができたか?
または他人に与えることができたか?
でその人の人生の価値が決まります。

今際の際で不機嫌に、あの時もっとああしてたら良かった・・と悔やんでも成仏できなくなるだけです。

日頃から謙虚に、感謝の念を忘れず「幸せの感度」を敏感にして行きましょう。

そのための簡単な方法は、嬉しいと感じたこと、楽しいと思ったこと、有り難かったこと、幸せだと実感したことを手帳やメモ帳に毎日列記するのです。

その際、嫌なこと辛かったことなどのネガティブな出来事はメモらずにさっさと忘れ去ることがコツです。

幸い、人間には「忘却」という免罪符が与えられています。

煩悩の多い人間という生き物は、もし忘れるという機能がなかったら6割くらいが自殺すると言われています。

自分を不幸に追い込む後向きなことはなるべく早めにデータ消去して、ポジティブに幸せの感度を上げて行きましょう。

日本の大学は囚人増産装置

幼少期からお受験対策をして、良い小学校、良い中学校、良い高校と受験にせよエスカレーター式にせよ進学し、うっかり良い大学を出てしまうと、自ずと“良い会社”“良い役所”などに就職してしまう人が大多数でしょう。

つまり日本の学歴社会は、量産型サラリーマンをどんどん社会へ送り込むためのシステムと言えます。

高年収サラリーマンは、働けるうちは食いっぱぐれることがあんまりないため、起業するよりリスクが低いと思われがちで、親も我が子のことを思えばこそ、サラリーマンや公務員の道を歩ませたいという人が殆どでしょう。

けれども、僕の身の回りの人は、大学を中退した人、高卒の人、中卒の人といわゆる学歴が高くない人の方が、結局絶賛稼いでいます。

それは、幸か不幸か学歴が低いと、「良い会社」に就職することが難しいため消極的にだとしても起業する人が多いからです。

勿論起業の成功率自体は低く、5年生存率は10%程度と言われていますが、僕の同級生なんかは失敗してもまたリトライして、何社目かで大成功しているやつもいます。

人間、後がない背水の陣になれば、思いがけない力を発揮できるもので、どん底を見た人の方が、強い精神力を備えて再挑戦できるのです。

それはそうとサラリーマンは、提供した労働の対価としてしか、お金を受け取れない人になってしまうという性質があります。

また「給与天引き」という伝家の宝刀で、国が最も税金を徴収し易い仕組みを適用するのに最適な職業なのが、サラリーマンの恐ろしさでもある。

だから、僕は、子育てはレールに乗せるな!ということをあちこちで話しています。

人と同じことをしていると、この社会システムに取り込まれます。

みんなが大学へ行くから自分も行くとかウチの子も行かせるではなく、人と違う経歴の方が、むしろこれからは個性が発揮できます。

多少コンプレックスを背負っても、醜いアヒルの子の方が後々羽ばたける。

中卒で大工になった地元の友人は、その後IT企業の社長になっていたり、大学を中退して路上で毛皮を売って生活を繋いでいた同級生が、いまは上場目前だったりしています。

末は学者か大臣か?と期待されていても、うっかり大学を出てしまうと結局、七三分けのサラリーマンになって、せいぜい年収1000万円しか稼げない普通の人生を送っている勿体無い人間は掃いて捨てるほど世の中にいます。

サザエさんに出て来るカツオくんは、きっと将来大物になると思うのだが、普通に勉強して大学を出てしまうと、海山商事に就職し、波平さんと同じ普通のサラリーマン人生しか待っていないでしょう。

そうではなく中学を出たらすぐに花沢不動産にでも就職したら、間違いなく未来は資産家になるでしょう。

他人の子ならそう思うのに、我が子のこととなれば皆、いやせめて大学くらいは出てないと・・となってしまうのが人情ってやつで。

見栄と、自信のなさの裏返しとしての大学進学は、その子の未来の選択肢を広げるどころか狭めることにしかならない
ということを親は知るべきだと考えます。

僕が想う男の職業観として、パワーゲームかマネーゲームの二つしかワクワクすることはなく、財務省や警察庁に入れなかったり、国会議員の秘書にならなかった時点でパワーゲームは諦めて、さっさとマネーゲームに勤しむほか、おもろい選択肢はないわけです。

不動産投資はそういう意味で、サラリーマンに残された最後のリバースカードなのかもしれません。

量と質はどっちが重要か?

仕事においてしばしば、クオリティとボリュームではどっちが重要か?という議論になります。

先日、叙々苑に焼肉を食べに行ったのですが、40歳も過ぎると、なんか、あの高級肉のやたら脂身の多い霜降りな上ロースを食べるとすぐ気持ち悪くなってしまうのです。

若い頃は、ガンガン注文してたのに、いまは赤身のところをちょっとだけ食べれればそれで良く、まさに量より質を重視する感じです。

ビジネスや仕事においてはどうでしょうか。

面白いことにビジネスや仕事では、焼肉とはまるきり別の事象が起きます。

まずは、圧倒的な量をこなすことで、自ずとそのクオリティも上がって来るわけでどっち?というよりは量→質の順なのです。

誤解を恐れずに言うと、最初は多少荒削りで全然構わないので、まずはどんどん物事に取り組むこと。
上達するにはとにかく数稽古です。

それを上品そうに、最初から上手くやろう失敗しないようにしようなどと考えると、手が止まってしまいます。

仕事もビジネスも、もしかしたら投資も、頭を使うのは重要ですが、頭で考えるより体で覚える方が早いです。

自転車に乗る練習をする時、頭で考えるよりもとにかく何回も何回もチャレンジしてコケながらそうやって次第に体で覚えていくのと近いです。

場数を踏んで失敗して、額と脳にいやーな汗をかいて初めて人は色んなことを習得していきます。

質よりまず量。
量をこなしていけば質があがる。
そんなふうに思って何事にも取り組めば、
なんか吹っ切れるんじゃないかと思いますよ。